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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2924号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決四枚目表一〇行目の「慢然」を「漫然」と改め、同一一行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(三) 仮に右過失が認められないとしても、被控訴人は、控訴人が負った右足関節脱臼骨折に対しギプス包帯による保存療法を施行するに際し、先ず骨折部位を正常な位置に整復したうえ、ギプス包帯を用いて、その整復位を保持し、以後その転位が生じないよう患部を十分に固定するべき注意義務がある。ところが、被控訴人は、これを怠り、骨折部位の整復を全く行わないまま、しかも、不適切、不完全にギプス包帯を巻き付けた過失がある。そのため、控訴人の右足関節脱臼部位は、正常位に整復されず、さらにその後転位が増強して癒合し、結局、整復不能となった。

(四) 仮にそうでないとしても、被控訴人は、控訴人の右足関節脱臼骨折についてギプス包帯による保存療法を施行したときは、ギプス包帯を巻いた直後に一回、その七日から一〇日後に一回、その後二、三週間毎に一回及び患者から特別の訴えがあった時にはその都度、それぞれ患部のレントゲン写真を撮影するなどして経過を観察し、その結果に応じてギプスの巻き直しあるいは観血的手術による整復など症状に対応した治療を施すべき義務があった。しかるに、被控訴人は、右義務を怠り、控訴人が負傷した日である昭和五三年一月二〇日に患部のレントゲン撮影をしたのみで、約三か月後の同年四月一四日までレントゲン撮影を行わず、そのため控訴人の右足関節脱臼が著しく増強し悪化していたことを発見できず、結局、整復の時機を失した過失がある。その結果、控訴人は、右足関節固定手術を受けざるを得ない状態となり、右足関節を固定した。」

二  原判決四枚目裏二行目の冒頭から同六枚目表五行目の末尾までを次のとおり改める。

「(一) 入、通院慰謝料 金二〇〇万円

控訴人は、昭和五三年一月二〇日の転倒事故に端を発し、これに引き続く本件医療事故により、前記2の(一)ないし(四)のとおりの傷害を受け、昭和五三年一月二〇日から同年五月二八日まで被控訴人の病院に、同日から同年一〇月三一日まで浦和整形外科診療所にそれぞれ入院(合計二八六日)し、同年一一月一日から昭和五七年一二月一〇日まで同診療所、社会保険中央病院、わらび診療所に、昭和五八年一月五日から昭和六〇年四月まで佐藤整形外科医院、浦和整形外科にそれぞれ通院(実日数一四八五日)して治療を受けた。

右入、通院のうち本件医療事故と因果関係があるものは昭和五三年四月二〇日以降のものと考えるのが相当であり、その入院日数は一九五日、通院実日数は一四八五日である。

控訴人は、本件医療事故により、右のとおり長期間の入、通院治療を受けたものであり、その間の精神的苦痛に対する慰謝料は金二〇〇万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料 金八〇〇万円

控訴人は、本件医療事故により、前記2(五)のとおりの後遺障害を受け、今後、生涯にわたり、計り知れない生活上の不便を被り、また、手術部位の痛みや腫れについての経過観察を受けるとともに、電気治療、マッサージ治療を受けるため、二つの医療機関への通院を継続しなければならない。

右の精神的苦痛に対する慰謝料は金八〇〇万円が相当である。

(三) 逸失利益 金九八九万七二三八円

控訴人は、昭和四七年一〇月一八日双葉商事有限会社を設立しその代表取締役に就任して現在に至っているが、同会社は、典型的な控訴人の個人会社であり、その業務内容は土地建物の売買仲介及び賃貸借の仲介管理、損害保険代理業務が主なものであって、いずれも控訴人が会社の外へ出掛け自らの足を使って行動しなければできない業務である。そのため、控訴人は、本件医療事故に遭遇した後は、現実の営業活動が殆んどできなくなり、右会社の営業収入は、昭和五三年以降次のとおり減少した。

昭和五三年金三五一万七五六〇円、同五四年金一八〇万三二六四円、同五五年金一四八万五三五六円、同五六年金二八万二〇〇〇円、同五七年金二五万七〇〇〇円、同五八年金二三万一一二一円、同五九年金六五万三二六一円

控訴人は、本件医療事故に遭遇しなければ、少なくとも昭和五三年と同額の収入を得られた筈であるところ、右事故による後遺障害により、右のような昭和五四年以降の減収を余儀なくされたものである(ただし、控訴人は昭和五六年六月から昭和五七年一〇月までの間本件と無関係の疾病により入院していたので右両年分の減収を除く)から、昭和五四、五五、五八、五九年の各年における減収分(昭和五三年の収入額から右各年の収入額を控除した額)を合計した金九八九万七二三八円の収入を失った。」

三  原判決六枚目表八行目の「一七三〇万円」から同九行目の末尾までを「一九八九万七二三八円の内金一五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年一月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と改める。

四  原判決七枚目裏六行目の「昭和五五年」を「昭和五三年」と改め、同九枚目表一〇行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「3 さらに控訴人は、被控訴人は保存療法を施行する場合、(一) 脱臼骨折部位を正常な位置に整復したうえ、(二) 以後その転位が生じないように患部を十分に固定すべきであるのに、これを怠った過失がある旨主張する。

(一)  しかしながら、控訴人の右足関節脱臼の程度は極めて軽度のものであり、整復術を施行しなくても臨床上許容される範囲内のものであったので、被控訴人は整復操作を加えずにギプス包帯による固定を実施したものである。

(二)  右実施に当たっては、被控訴人は、患部が十分に固定されるよう配慮してギプス包帯を巻き、さらにその後固定力を維持するためギプスの巻き直しを実施している。

したがって、控訴人主張のような過失はない。

4 そして、控訴人は、被控訴人が、ギプス固定後も、頻回にレントゲン撮影を行うなどして経過を観察し、その症状に応じた治療を施すべき義務があるのにこれを怠り、ギプス固定をした昭和五三年一月二〇日から同年四月一四日まで控訴人の右足関節部のレントゲン撮影を行わなかった旨主張する。

なるほど、被控訴人が右部位のレントゲン撮影を実施しなかったことは、控訴人主張のとおりである。しかしながら、控訴人は、昭和五三年一月二〇日の転倒事故によって、右足関節脱臼骨折の外に、右大腿骨々折、右両下腿骨々折の多発骨折を負ったものであり、治療法上、右各骨折のうち膝関節付近に生じた右大腿骨々折の治療に最大の重点が置かれるべきであったから、被控訴人は、右の点を十分念頭に置いて大腿骨々折の治療に多大の注意を払い、同骨折部については保存治療を施した後レントゲン撮影を実施し、足関節部についてもギプス固定をした直後から毎日継続して患部を診察し、ギプスに緩みが生じていないか、ギプスがきつすぎて血流循環障害を起していないかなど、十分な経過観察をしていたものである。右のように、足関節の脱臼骨折と、より重大な傷害である大腿骨々折とが合併して発症している場合には、被控訴人のような一般の開業医に対して、足関節の脱臼骨折のみの治療をする場合と同様のレントゲン撮影の義務を要求するのは相当でないというべきである。

仮に、被控訴人に、右レントゲン撮影をしなかった過失があるとしても、右過失と控訴人の足関節固定との間には因果関係が存在しない。すなわち、被控訴人がレントゲン撮影を頻回に実施し、ある時点で控訴人の足関節脱臼骨折部位の転位を診断し得たとしても、前記被控訴人の主張1(被告の主張1、原判決六枚目裏一〇行目以下)と同様の理由によりその段階では観血手術の実施は不可能であったし、また、保存療法により完全無欠な固定力を得ることも困難であったから、結局、控訴人の足関節の自由を回復することはできなかった。

したがって、控訴人の右主張は失当である。」

五  原判決九枚目裏七行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「被控訴人は、当初から、控訴人の右足関節部について、脱臼の程度が僅かでありギプスで固定するだけでよいと認識していたものであって、観血療法が必要であるとは全く考えていなかったし、また、脂肪塞栓の診断に必要な胸部レントゲンの撮影や動脈血ガス分析などの諸検査も行っていなかったから、脂肪塞栓の発症について疑いを抱いていなかったものであり、そもそもそのような疾病の疑いは存在しなかった。仮に脂肪塞栓の疑いがあったとしても、控訴人は受傷の翌日ころから全身状態が良くなり、右発症を疑わせる諸症状も徐々に消失したのであるから、観血療法の施行に何ら支障はなかった。」

六  原判決九枚目裏九行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「3 同3の事実はいずれも否認する。被控訴人がギプスの巻き直しをしたのは膝から上の部分だけであり、右巻直しは当初のギプス包帯の巻き方がいかに不十分なものであったかを示すものである。

4 同4のうち、控訴人が足関節脱臼骨折のほかに大腿骨々折を合併していたことは認めるが、その余は否認する。右のような合併症の場合、足関節部の治療こそまず重視されるべきであり、大腿骨々折を併発しているからといって足関節部に対するレントゲン撮影の義務が何ら軽減されるものではない。また、控訴人が観血手術を受けられるほどの健康体であったことは前記のとおりであるし、次善の策としてのギプス固定によっても十分な固定力を得られた筈である。」

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(当事者)、2(本件医療事故の発生)及び3(被控訴人の責任)の(一)、(二)についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決一〇枚目表三行目の冒頭から同二二枚目の裏末行の末尾までの理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏五行目の「原告及び被告各本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴人、被控訴人(当審は第一、二回)の各本人尋問の結果」と改め、同一一枚目表九行目の末尾に続けて「控訴人は、現在、膝関節が九〇度近くまで曲るようになり、ステッキを使用すれば歩行できる状態であるが、長時間の歩行は困難である。」を加える。

2  同一二枚目表一、二行目の「第二号証、」の次に「成立に争いのない乙第三、第二四、第二九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二五、第三〇号証、」を加え、同二行目の「及び被告本人尋問」を「並びに原審及び当審(第一、二回)における被控訴人本人尋問」と改める。

3  同一二枚目裏四行目の「アルクトラクト」を「フルクトラクト」と改め、同六行目の「同四〇分ころから、」の次に「右各骨折部の転位を防止するため、」を加え、同一三枚目表七行目の「アポロン」を「アポプロン」と、同八行目の「三日後」を「四日後」と、同八、九行目の「一月二三日」を「一月二四日」とそれぞれ改める。

4  同一五枚目表三行目の「折れていたので、」の次に「一旦、ギプス全部を取り除き、二人で共同して、」を、同四行目の末尾に続けて「その際、被控訴人は、膝関節上部の大腿骨々折部の転位を防止するため、膝関節についてかなりの屈曲位をとり、足先をやや尖先位の状態でギプス包帯をし、また、足関節脱臼骨折部については、特別の徒手整復術を施さなかった。」をそれぞれ加える。

5  同一五枚目裏一〇行目の「各傷害」を「各骨折の全部」と改め、同一六枚目表五行目の末尾に続けて「なお、脂肪塞栓は、脂肪栓子が肺や脳等の血管等を栓塞して死をもたらす疾病で、その発生機序、脂肪栓子の由来については、骨折部の骨髄または周囲脂肪織が破れた静脈内に侵入ないし吸入されるという説や外傷に際して生じた血液中の脂肪の生理化学的変化に基づくとする説などがあるが、今日なお定説はない。」を加え、同一七枚目表一、二行目の「右足関節部の骨折は僅かに」を「右足関節部について、骨折が外顆と後顆にそれぞれ存在していたものの、脱臼はその有無の判断が難しいほど僅かに」と、同四行目の「行うべき骨折」を「行うべき程の脱臼骨折」とそれぞれ改める。

6  同一七枚目表九行目の「継続したが、」を「継続することとし、その後、右足親指をギプスから露出させ、ギプスに緩みが生じて固定力が低下していないか、あるいは、ギプスがきつすぎて血流循環障害を起していないかなどにつき経過の観察を続けたが、右足関節脱臼骨折部については、その転位を予想しなかったため、ギプス固定後の関節面の整合状態をレントゲン撮影によって点検、観察することをしなかった。そして、被控訴人は、」と改める。

7  同一八枚目裏四、五行目の「及び原告本人尋問」を「、当審証人和田博夫の証言(第一、二回)並びに原審及び当審における控訴人本人尋問」と、同七行目の「及び第一四号証」を「、第一四号証、第一一八号証、第一二二号証、第一二四号証及び第一二五号証の各一部」とそれぞれ改める。

8  同二〇枚目表三行目及び同四、五行目の各「骨折」を「脱臼骨折」とそれぞれ改め、同一〇行目の末尾に続けて「控訴人は、被控訴人は、当初から、控訴人の右足関節脱臼骨折について観血療法の必要性を検討したことがなく、したがって、また脂肪塞栓の発症について疑いを抱いたこともないのであって、初めから右発症の疑いは存在しなかった旨主張するが、前記のとおり、被控訴人は、控訴人に多発した骨折全体について観血療法の採否を検討し、その際、脂肪塞栓の発症の疑いが認められたというものであるから、控訴人の右主張は理由がない。また、控訴人は、受傷後間もなくして脂肪塞栓を疑わせる諸症状が消失し右発症の疑いも消滅した旨主張するが、たとえそうであっても、控訴人に観血手術を施した場合、再度、右疾病の発症する可能性が当時認められたものであり、そのことも一つの理由となって観血療法が採用されなかったことは、前記認定のとおりである。」を加える。

9  同二一枚目表八行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「さらに、被控訴人が、最初の検討会の後である一月二九日から右四月二七日の前日までの間においても、控訴人の右足関節脱臼骨折について保存療法を継続し観血療法を実施しなかったことの当否について判断するに、当審証人山本真の証言によれば、受傷後約三週間経過すると骨折部が薄く癒合を始め、約四週間後にはそれが相当程度進行することが認められるところ、前記三1の(一)ないし(八)認定の各事実、前掲乙第二九、第三〇号証、原審証人牧野惟男、同高木博の各証言並びに原審及び当審(第一、二回)における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、昭和五三年一月二九日から同年二月中旬すぎころ(受傷日である同年一月二〇日から約四週間後)までの間においては、前記一月二八日の検討の結果に基づいて保存療法を採用したことが相当であったものと説示したのとほぼ同じ理由により、また、その後同年四月二六日までの間においては、前記四月二七日の時点において観血療法を採らなかったことが不相当とはいえないものと説示したのとほぼ同じ理由により、それぞれ、控訴人の右足関節脱臼骨折について、保存療法を施行したことは止むを得ない措置であったと認められる。」

10  同二一枚目裏末行の「疑問である」を「それ自体失当である」と、同二二枚目表末行から同裏一行目にかけての「複雑骨折」を「大腿骨々折と両下腿骨々折」と、同三行目の「可動性を残すことが好ましいと」を「可動性が残る可能性を追及すべきものと」とそれぞれ改め、同四行目の「(三)さらには、」から同七行目の「認められたこと、」までを削除する。

二  控訴人は、仮に、被控訴人が控訴人の右足関節脱臼骨折について保存療法を施行したことが止むを得ない措置であったとしても、被控訴人は、(一)脱臼骨折部位を正常な位置に徒手整復したうえで、(二)ギプス包帯を用いて、その整復位を保持し、以後その転位が生じないよう患部を十分に固定すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、整復を全く行わないまま不適切、不完全にギプス包帯を巻き付けた過失がある旨主張するので、以下検討する。

1  なるほど、前記認定事実(加削訂正のうえ引用にかかる原判決理由三1の(一)ないし(八))によれば、被控訴人は、控訴人の右足関節脱臼骨折部について昭和五三年一月二〇日及び同月二一日それぞれギプス固定をした際、特別の徒手整復術を実施しなかったこと、その後、被控訴人が右脱臼骨折部についてそのまま保存療法を継続したところ、同年四月一四日、レントゲン検査の結果、脱臼部分が後方へ転位していることが判明したことが認められ、右各事実は、控訴人の右主張を一応理由あるものと窺わせる事情であると考えられる。

2  しかしながら、前記認定事実(原判決理由三1の(一)ないし(八))、〈証拠〉を総合すると、

(一)  控訴人の右足関節脱臼骨折は、外顆及び後顆の各骨折に脱臼を伴なうもので、ラウゲ・ハンセン分類(骨折や靭帯損傷の見落しなどを防ぐために現在世界中でよく用いられている分類法で、骨折の起り方と損傷部位を相関して観察するもの)の回外・外旋損傷の[3]型といわれるものであるが、昭和五三年一月二〇日当時、右脱臼は、脱臼しているかいないか、の判断も難しい程度の僅かなものであり、これに対し徒手整復術を加える必要性があるとは判断できないものであったこと

(二)  被控訴人は、同年一月二〇日控訴人の右大腿骨々折、右両下腿骨々折及び右足関節脱臼骨折の各骨折部全体について骨盤部から足先までギプス固定をし、さらに翌二一日、高木医師と共同して右各骨折部全体について新らたにギプス固定をやり直し、その後ギプス包帯に緩みが生じないよう経過の観察を続けたが、その結果、右大腿骨、右両下腿骨の各骨折部は良好に癒合したこと

(三)  関節の脱臼骨折の治療は、正確な解剖学的整復と関節の安定性の確保が目的であるが、足関節部の組織、構造は非常に複雑で正確な解剖学的整復の難しい部位であるうえ、ラウゲ・ハンセン分類の[3]型に属する右足関節脱臼骨折は自然に転位する傾向があるから、これについては、保存療法により右の目的を十分に達成することは困難であり、ほとんど常に観血療法を施行せざるを得ないこと、控訴人の右足関節脱臼骨折についても、整復とギプス固定による保存療法を実施しても踵骨が後方に転位する可能性が高く、非観血的に転位を十分に防止することは難しいこと

(四)  しかも、右のような[3]型の足関節脱臼骨折について保存療法を実施する場合、その転位を最小限に止めるためには、解剖学的に見て、できるだけ踵部を下方に引き、足先が尖足位にならない状態でギプス固定を行う必要があるが、控訴人については、足関節脱臼骨折を起こした同じ右足側の膝関節付近上部に大腿骨々折があり、その部位の転位を防止するためかなりの膝関節屈曲位をとらざるを得ず、さらに、大腿骨々折片の転位による膝窩動脈損傷の恐れを防ぐため下腿の腓腹筋を弛緩させる必要があって足関節部をやや尖足位の状態で保持することとなり、そのうえ過去の右股関節固定術による股の骨性強直があるため、骨盤部から足先までのギプス包帯によって足関節部に十分な固定力を確保することは一層困難であったこと

がそれぞれ認められる。

3  右認定の各事実に照らすと、

(一)  昭和五三年一月二〇日及び同月二一日の時点においては、控訴人の右足関節の脱臼はその有無が判然としない程の僅かなものであったのであるから、被控訴人が右脱臼骨折部についてギプス固定をした際、特別の徒手整復術を施さなかったとしても、これを過失があったと非難することは相当でないというべきである。

(二)  また、控訴人の右足関節脱臼骨折は、ラウゲ・ハンセン分類の[3]型に属するものであって、整復とギプス固定による保存療法を実施しても後方に転位する可能性が高く、非観血的に転位を十分に防止することが困難なものであり、また、控訴人の右足関節脱臼骨折に合併して多発した各骨折部の転位等に対して配慮すると、足関節部の転位を防止しやすいギプス固定姿勢を確保することが困難な状況であったというべきところ、被控訴人は、控訴人の右足側に発生した各骨折全部について、その転位を防止するため適宜に通常の方法でギプス包帯固定を実施し、以後もその固定力が低下しないよう経過を観察し、大腿骨、両下腿骨の各骨折部については良好な癒合があり、これを治癒させているのであるから、被控訴人の施行した控訴人の右足関節部に対するギプス包帯固定が不適切、不完全であったとまで断定することはできないものというべきである。

なお、〈証拠〉の中には、被控訴人の施行したギプス固定が不十分、不適切であった旨の控訴人の主張に副う部分があるが、前記のとおり、被控訴人のギプス包帯の巻き方について、患部を緩るく巻いたとか、あるいは、骨折直後の腫脹が消失した後にギプス包帯が緩るくなり固定力が低下したとかの具体的な落度は全く認められないこと、結果として控訴人の右足関節脱臼骨折部位に後方転位が生じたとの事実はあるが、そもそも右脱臼骨折はギプス固定を実施しても自然に後方へ転位する可能性の高い類型に属するものであるなど前記のような事情の下においては、右転位の事実から直ちに被控訴人の行ったギプス固定が不十分、不適切であったとまで推認することは相当でないことに照らして、控訴人の主張に副う右各証言及び鑑定の結果の各一部は、いずれもたやすく採用し難い。

したがって、被控訴人に徒手整復をせず、ギプス固定を十分、適切に行わなかった過失がある旨の控訴人の右主張は、いずれも理由がない。

三  さらに、控訴人は、被控訴人は、保存療法を継続するについて、ギプス包帯を巻いた直後から頻回に患部のレントゲン写真を撮影するなどして経過を観察し、その結果判明した症状に対応した治療を施すべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある旨主張するので、これについて検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、足関節脱臼骨折部位について保存療法を実施した場合、脱臼骨折の程度、内容、徒手整復術施行の有無など諸々の事情によって異なるが、控訴人の脱臼骨折のように外顆、後顆の骨折がありこれに脱臼が伴なっているものについては、自然に後方へ転位する可能性も高いのであるから、たとえ受傷直後の関節整合状態が徒手整復を施す必要のない程度であり、整復を加えないままギプス包帯を巻いて固定した場合であっても、ギプス固定による関節面の整合状態の良否を確認しその後の経過を観察するため、少なくとも、ギプス包帯の直前と直後の各一回を含めて受傷後二、三週間以内に三回位、そして三週間を越えると骨折部の薄い癒合が始まり概ね転位が大きく生ずる恐れが少なくなるためその後約一か月毎に一回程度、それぞれの患部についてのレントゲン撮影を行うべきであり、その結果、もし、関節面の整合状態に破綻があり転位が生じていることが判明したときは、観血療法に切り替えるとか、それが困難なときでも、可能なかぎり骨片を元の正常な位置にかえすように徒手整復を行ってギプス包帯による固定をやり直し足関節の機能の維持、回復を図るべきであること、一般に、脱臼の徒手整復は、日時が経つほど難しくなり、その成功率も低下するが、受傷から二日ないし一〇日以上経過すると徐々に徒手整復が困難となり、二週間位経過後は、特にそうであること、控訴人の右足関節脱臼骨折部の転位は、受傷後約一週間ないし二週間以内に発生した可能性が高いことがそれぞれ認められ、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

2  しかるに、前記認定事実によれば、被控訴人は、控訴人が受傷した当日の昭和五三年一月二〇日控訴人の右足関節脱臼骨折部位についてレントゲン撮影を行ったうえ、同日及び翌二一日、右脱臼骨折部位にギプス包帯を巻いて保存療法を実施したものの、約三か月後の同年四月一四日に至るまで各部位のレントゲン写真を全く撮影せず、そのため、一月二〇日の負傷後、右部位に転位が生じて関節面の整合状態が破綻していることを発見せず、なんら、右症状に対する適切な治療措置をとらなかったこと、そのため、結局、控訴人は右足関節固定等の機能障害にいたったものと認められる。

3  右1、2の各事実及び前記引用にかかる原判決理由三2の認定判断(観血療法を採らなかった過失があるとの主張に対する判断)によれば、被控訴人は、控訴人の右足関節脱臼骨折部に保存療法を実施し、継続するについて、少なくとも、ギプス包帯の直前と直後の各一回を含めて受傷後二、三週間以内に三回位、その後約一か月毎に一回程度、患部をレントゲン撮影して関節面の整合状態を点検、観察し、二週間以内位に右脱臼骨折部の転位を発見したときは、直ちに、一旦ギプス包帯を取り除き、できるかぎり、転位した骨片を元の正常な位置へ戻すよう徒手整復術を施行して再びギプス固定をやり直すべき注意義務があったにもかかわらず、転位の発生を軽視してその後のレントゲン撮影による経過観察を怠り、右の整復、再固定の治療措置を行わなかった過失があり、そのため控訴人に右足関節の機能障害が生じたというべきである。(なお、被控訴人が、右転位を発見したときに、観血療法を施行すべき義務があったとはいえないことは前記説示のとおりである。また、被控訴人は、控訴人には、当時、右足関節脱臼骨折の外に、より重篤な骨折というべき大腿骨々折が合併して発症していたのであるから、足関節脱臼骨折のみの治療をする場合と同じ程度のレントゲン撮影義務を一般の開業医たる被控訴人に要求するのは相当でない旨主張するが、他に合併症があったとしても、足関節部について右程度のレントゲン撮影を求めることが開業医に対する過大な要求とはいえない。)

もっとも、前記のように、(一)足関節部は、その組織、構造が複雑で、非観血的に正確な解剖学的整復を行うことが難しい部位であること(二)とくに、控訴人の右足関節脱臼骨折は、ラウゲ・ハンセン分類の回外、外旋損傷の[3]型に属し、自然に後方へ転位する性質があって、脱臼の整復とギプス固定による保存療法を実施しても転位を生ずる可能性があり、非観血的に転位を十分に防止することはかなり困難であること、(三)しかも、控訴人の多発性骨折のうちの大腿骨々折部に対する配慮から足関節部についてやや尖先位をとらざるを得ず、そのため十分な転位の防止が一層困難であったこと等がそれぞれ認められるのであり、また、〈証拠〉によれば、(四)控訴人が当時七六歳の高齢であったこと、右足関節脱臼骨折の外に、右膝関節上部の大腿骨々折と右両下腿骨々折を合併していたこと、骨粗鬆症を呈し、その骨折の骨癒合能力が活発ではないと認められたこと、右股関節固定術による股の骨性強直を有していたこと等々により控訴人の足関節脱臼骨折部に対して適切な保存療法を行いにくいこと、行ったとしても、足関節の疼痛、不安定性などの機能障害が残存した可能性もあり、結果的には、疼痛の増強などのため足関節の固定にまで至る可能性もなくはなかったことが認められ、右(一)ないし(四)の諸事実及び前記引用にかかる原判決理由三1の(一)ないし(八)の各事実に鑑みると、非控訴人の十分な経過観察による転位の発見とこれに対応した徒手整復及びギプス再固定が適切に行われたとしても、観血療法の施行が困難であった以上、なお、最終的には、控訴人の右足関節の固定は避けられなかった可能性ないし疑問はないとはいえない。しかし、右のような可能性ないし疑問がないとはいえないからといって、被控訴人の前記過失と控訴人の受傷との間に相当因果関係がないとはいえない。

そうすると、被控訴人は不法行為責任により控訴人の後記損害を賠償すべき責任がある。

四  控訴人の損害について判断する。

1  前記認定事実(引用にかかる原判決理由二、三)並びに〈証拠〉よれば、昭和五三年一月二〇日の本件転倒事故による控訴人の受傷とその入、通院治療の経過は、控訴人主張の請求原因4(一)のとおりであることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

そして、控訴人が右傷害に対する治療の結果、原判決理由二2のとおりの後遺障害を受けたことは前記のとおりである。

2  以上認定の諸事実、殊に、控訴人が当時七六才の高令であったこと、控訴人が従前から右股関節強直兼下股短縮(五センチメートル)の障害を有していたこと、本件転倒事故により右障害と同じ右足側について、前記足関節脱臼骨折のほかに、大腿骨々折、両下腿骨々折の多発骨折傷害を負ったこと、その他、本件証拠上認められる諸般の事情を総合考慮すると、被控訴人の前記医療上の過誤によって控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、入、通院によるものが金一〇〇万円、後遺障害によるものが金三〇〇万円と認めるのが相当である。

3  〈証拠〉によれば、控訴人は、本件転倒事故当時、不動産の売買仲介、管理及び損害保険代理業務を主たる営業目的とする双葉商事有限会社の代表取締役に就任してこれを事実上個人で経営していたところ、昭和五三年度(一月一日から一二月三一日まで)の右会社の不動産手数料及び損害保険代理業務手数料の収入額は合計金三五一万七五六〇円であったが、右受傷後の昭和五四年度から昭和五九年度までの右各収入額は控訴人主張の請求原因4(三)のとおりであり、昭和五三年度のそれより減少したこと、しかし、昭和五三年度における右会社の必要経費は金三六〇万九七四〇円であり、これを右収入額から差し引くと、同年度の右会社の収支決算は、金九万二一八〇円の欠損であったこと、昭和五四年度から昭和五九年度についても、右会社の決算は、昭和五四年度に金一万三三四五円の利益を計上しているだけで、他はすべて欠損となっていることがそれぞれ認められ、他にこれに反する証拠はない。

右事実によると、控訴人の右受傷後の逸失利益は殆んど認められないのであり、このことと控訴人が本件転倒事故当時、すでに七六才直前の高令であったこと、右事故により控訴人は右足関節脱臼骨折だけでなく、より重篤な右大腿骨々折と右両下腿骨々折を合併して受傷したものであることなど前記認定の諸事情を考慮すると、右足関節脱臼骨折に関する被控訴人の前記医療上の過誤と相当因果関係の範囲内にある控訴人主張の昭和五四年、五五年、五八年、五九年における逸失利益は、これを認めることは出来ないといわなければならない。

五  以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し損害金四〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年一月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は、失当としてこれを棄却すべきである。

よって、右と異なる原判決を右の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 寺澤光子 裁判官 市川頼明)

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